134021 / 彼
誰も救われない彼は戦いに行った 春
朝日は彼のもの中いっぱいにひろがっていた
蝶々がふんわりふんわりととびかい
あたりには蓮華の甘いとろけるような匂いがたちこめていた
遠くには菜の花なのだろうか
地平線いっぱいに黄色い帯が流れ
どこかで牛が啼いたような気がした
ふと後ろを振り返ると山なみが霞んでおり
その霞の中から赤い炎が刺すような光を放っていた
黒い煙がその赤い炎を覆っており
死臭がそこから漂ってくるのだった
彼の渦巻管は先程からある周波数の振動を
繰り返し繰り返しキャッチしていた
ちりちりというその音は彼の脳髄を黒い網でおおい
じわじわと押し潰すかのようであった
キリキリと骨と骨がまわされ
彼の脳は耳から出てしまうかにみえた
あたりには蝶々がふんわりふんわり舞っていた
蓮華は広い台地を一面覆い尽くしていた
一匹の蜂が赤い炎の方へ飛んでいくのが見えた
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